トランプがロシアに操られている、あるいは“kompromat(弱み)”を握られているかもしれないという説は、今さら目新しいものではない。元情報当局者が繰り返し警告を鳴らし、最近でもSNSで「#TrumpRussianAsset」が盛り上がるなど、関心は根強い。
それでも、決定打に欠けるのはなぜか。ジャーナリストのクレイグ・ウンガー(Craig Unger)は、ロシアがトランプ”アセット化”を、米国の法律の範囲内、つまり犯罪捜査で処罰されないやり方で巧みに進めたからだと指摘する。加えて、2017年に始まったロシア・トランプ陣営の「共謀」捜査が、当初の「カウンターインテリジェンス捜査」から「犯罪捜査」へと性質が意図的にねじ曲げられて、真相の解明が阻まれてしまった可能性も示唆している。
こうした問題意識を持って書かれた本書『American Kompromat』は、ロシアの諜報活動の実態や手口を明らかにしつつ、トランプとロシア人、政府関係者やマフィアとの関わりをじっくり検証する。トランプ本人の自覚は抜きにして、KGBの工作は1980年前後、ホテル開業のためにニューヨークにあるロシア移民経営の電器店でテレビを大量購入した時から始まり、40年以上かけてロシアに都合の良い駒として育て上げられてきたという結論に至る。
この主張を支えているのは、KGBの元エリート工作員ユーリ・シュベツの証言だ。シュベツは1980年代、ワシントンでTASS通信の記者になりすまし、エージェントやアセットの発掘に関わっていた。スパイの最前線を知る人物ならではの洞察には、深度と重厚感がある。
さらに、サブタイトル
『How the KGB Cultivated Donald Trump, Related tales, Sex, Greed, Power and Treachery』が示すように関連エピソードも多彩だ。『ダ・ヴィンチ・コード』で狂信的なカトリック集団として登場したOpus Deiと米国司法とのつながりや、ジェフリー・エプスタインの「セックステープ」の行方、そこに絡むロシアの陰謀など、それぞれが独立した本になってもおかしくない、広範なテーマを網羅する。
ただ、本書は情報源をシュベツに頼りすぎている印象もある。著者自身も指摘するように、スパイは騙すことが仕事のプロだから、証言の真偽や動機には慎重な目を向ける必要がある。それでも、この本は単なる陰謀論として切り捨てられない説得力を持つ。緩やかにつながる各エピソードを通して、アンチデモクラティックな闇の力によってアメリカの権力中枢がハッキングされようとしているーーそんな悪夢のシナリオを大胆に提示している。
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American Kompromat: How the KGB Cultivated Donald Trump, and Related Tales of Sex, Greed, Power, and Treachery
著者:Craig Unger
出版日:2021年1月26日
驚くべき逸話と証言に支えられ、臨場感のある調査報道として楽しめる。ただし、史実として全面的に信頼するには慎重な姿勢が求められる。
こんな人におすすめ:
✔ 政治スリラーやスパイものを好む読者
✔ アメリカの暗部に関心がある研究者やジャーナリスト
✔ トランプ裏面史を探りたい人
情報量が多く、トピックも多岐にわたる。背景知識があると読み進めやすい。軽い娯楽として読むよりも、情報の裏付けを求めながら読む姿勢を持つ人に適している。