Commander in Cheat: How Golf Explains Trump
著者:Rick Reilly
出版日:2019年4月2日
とあるゴルフクラブのキャディーたちは、トランプ氏を裏で「ペレ」と呼んでいるという。サッカーの王様の名にちなんだものだが、でもゴルフの腕前を称えているわけではない。ボールを蹴ってフェアウェイに戻すことからついた不名誉なあだ名なのだ。
本書『Commander in Cheat(イカサマ司令官)』は、そんな“ペレ芸”を余すことなく記録した一冊。著者はスポーツジャーナリストのリック・ライリー。トランプ氏と実際にラウンドを共にし、疑惑のプレーを目の当たりにしている。
著者が取材を重ねて集めたイカサマの例は枚挙にいとまがない。対戦相手のボールをラフに蹴り込み、池に沈んだはずの自分のボールはなぜかフェアウェイで奇跡の復活。ペナルティなしで何度も打ち直し、しまいにはポケットの“隠し球”をカップから取り出して「チップインだ!」と胸を張る。スポーツというより手品に近い。
問いただされてもしらを切るのがトランプ流。池ポチャ疑惑には「潮のせいだろう」と返したという。湖に潮がある? そんなことはどうでもいいのだ。
笑い話で済めばいいが、本書が明らかにするのはそれだけではない。ビジネスに話が移ると、事態は深刻だ。
第10章では、トランプのゴルフクラブハウスを設計した建築家が、約束された報酬を受け取れずに苦労する様子が描かれている。契約書で結んだ当然の権利なのだが、トランプは弁護士軍団をさしむけて、理不尽な要求を繰り返す。最終的に手にしたのは約束の2割以下だった。ディールメイカーを自認するトランプは、それ以上にディールを破る。それはゴルフ界隈では常識なのだという。
このようにトランプワールドでは、ゴルフプレーと同様、正直者が馬鹿を見る話が山ほどある。立ち向かう者もいれば泣き寝入りする者も多い。
ライリー曰く、「ゴルフはサイクルショーツ」。体にぴったりしたタイツのように、その人格がはっきりと出る。ゴルフをイカサマするなら、ビジネス相手も妻も裏切る。
本書には、現在進行形の ニュースの伏線になる話もたくさんある。
今年7月のスコットランド訪問で抗議活動に遭ったのはなぜか? EU委員長との会談で突然風力発電をこき下ろしたのはなぜか? その背景には、本書に書かれているとおり、ゴルフ場開発をめぐる住民との泥沼トラブルがある。
読み通してじわりと感じるのは、トランプは大統領になる前からずっと“トランプ”だったということ。至極当たり前に聞こえるだろう。でも、ひと昔前なら彼は大統領に選ばれただろうか。それを受け入れる社会こそ変わったのだ。
なお、文章はジャーナリズム出身者らしく明快。英字新聞をそこそこ読める人なら苦労はないだろう。とはいえ堅苦しくない。比喩やジョークも多めで、”クスッ”と笑える。読み物としても、英語の勉強としても悪くない。